【イベント開催報告】日米関税合意と経済安全保障:通商・投資・インフラの最前線から(2025/12/22)

【イベント開催報告】日米関税合意と経済安全保障:通商・投資・インフラの最前線から(2025/12/22)

東京大学先端科学技術研究センター(RCAST)経済安全保障インテリジェンス分野(ESIL)は、「日米関税合意と経済安全保障:通商・投資・インフラの最前線から」と題するセミナーを開催した。講演者として国際協力銀行(JBIC)米州地域統括(ニューヨーク駐在)の中島裕行氏を招き、日米関税合意を踏まえた投資スキームの現状、企業投資動向(JBIC海外投資アンケート)の分析、さらに米国政治・政策環境の見通しと日本の重要性について、現地実務の視点から報告が行われた。モデレーターは井形彬(東京大学先端科学技術研究センター)特任講師が務めた。(2025/12/22)。

開催の背景として、近年、経済安全保障の観点から通商政策と投資政策が一体として動員される局面が増えている。こうした状況を踏まえ、本セミナーでは、日米関税合意を契機に構想された「日本から米国への5,500億ドル規模の投資スキーム」の構造と含意を、金融実務と政策環境の双方から検討することを目的とした。あわせて、民間企業の投資意欲やサプライチェーン調整の実態について、JBIC海外投資アンケートの結果を用いて解説が行われた。

【基調講演(中島裕行氏・JBIC米州地域統括)】

中島氏は、自身がニューヨークに駐在しつつ、過去のワシントンD.C.勤務(2016〜2018年)も含めて、偶然にもトランプ政権期(1.0、2.0)に米国現地で政策環境を経験してきた立場から、近時の政策の予測困難性と、2.0期における対応の難しさに触れた上で、本題として日米関税合意を踏まえた投資スキームの状況を説明した。

(1) 日米投資スキーム(5,500億ドル)の現状整理
中島氏は、日米政府間交渉の当事者ではないと断りつつ、合意の結果として「日本から米国への5,500億ドル投資スキーム」が約束され、JBICおよび日本貿易保険(NEXI)の保険を得た民間銀行融資が中心的な資金手段となる点を説明した。

2025年7月22日の合意後、実務面の照会が急増した一方、当初は枠組みが不明確であったが、9月4日に日米両政府から投資スキームに関する覚書が公表され、以降、当該文書を基に検討が進められていると述べた。覚書は政府文書としては詳細だが金融文書としては抽象度が高く、また法的拘束力を持たないため、現時点では協議を重ねている段階であると整理した。

10月末にはトランプ大統領が来日し、高市新総理との会談を経て日米共同ファクトシートが公表され、候補案件として日本が経済安全保障上重視するエネルギー(発電、送電等)およびクリティカルミネラルが多く示されたと報告した。合意当初は九分野が提示されていたが、ファクトシート段階ではエネルギーとクリティカルミネラルの比重が高く、日米政府間で当該分野のニーズが高い可能性に言及した。足元では「第一号案件」を巡る日米間協議が続いていると述べた。

(2) 「利益配分9対1」報道の解釈に関する補足
中島氏は、覚書に記載される利益配分(9対1、5対5)が不平等に見えるとの報道に触れつつ、誤解を招きうる点を整理した。覚書上の比率は、米国プロジェクト自体の利益の大半が米国に移転することを意味するのではなく、JBIC・民間銀行の資金拠出と米側の現物出資がSPV(特別目的会社)に入り、個別プロジェクトから上がる配当がSPVに戻った後、その「配当の分配」の比率として規定されている趣旨である、と説明した。よって「プロジェクト利益の9割が米国に行く」と断定するのは正確ではない、という点を強調した。

(3) JBIC海外投資アンケートによる投資動向の解説
中島氏は、JBICが毎年実施する「日本企業の海外投資アンケート」を用い、日本企業の対外投資動向を説明した。海外事業展開を強化する企業の投資先として、米国を挙げる企業が約半数(48%程度)で最多となっていることを紹介し、現地実務でもセクターを問わずM&A、工場新設・増設の相談が多いと述べた。一方、「有望投資先(3年後)」ではインドが4年連続で1位、米国が前年3位から2位へ上昇し、上位二か国(インド、米国)の得票率が増加したことを取り上げ、企業の注目がインドと米国に集中している傾向を指摘した。

トランプ政権の政策影響については、通商政策(関税)はマイナス影響が多い一方、製造業回帰・補助金、減税等はプラスに評価されるとの結果を紹介し、企業のサプライチェーン構造(米国内で確立済みか、域外依存が高いか)が受け止めを左右している可能性を示した。関税による収益への影響では、米国において「利益が減った」企業が過半(52%)である一方、「増えた」企業も一定数存在する点に触れた。対応策としては、価格転嫁が最多(63.9%)であり、関税コストの相当部分が最終的に米国消費者に転嫁される構図が示唆されると述べた。

また、部品調達先の変更や製造拠点の米国移転が一定数見られ、米国の関税政策がサプライチェーンの米国国内回帰を促しつつある可能性を指摘した。ただし日本国内でも、海外強化と国内強化のギャップが縮小しており、国内でサプライチェーン・製造拠点を再構築する動きも観察されると報告した。

(4) 米国政治・政策環境の見立てと日本の重要性
バージニア・ペンシルベニア州知事選、およびニューヨーク市長選の結果に触れ、生活コスト(アフォーダビリティ)が主要争点となっている点を踏まえ、物価上昇が続く中で生活実感の改善につながる政策が重要になるとの見方を示した。

来年の中間選挙については、一般に上院は共和党有利、下院は民主党が取り返す可能性が指摘され、仮にねじれが生じても、大統領令を多用するスタイルが強まる可能性があると述べた。さらに、相互関税の根拠となっている法律(IEEPA)をめぐる最高裁審議に触れ、仮に違憲判断が出ても別の法的根拠で政策を継続する可能性があり、先行きは見通しづらいと整理した。

米国の国家安全保障戦略(NSS)における地域認識として、米州重視と対中競争の重点が示され、日本を同盟国として引き続き「味方につけ続ける」重要性が高いとの認識を示した。

【パネルディスカッション】

モデレーターの井形特任講師は、講演内容を踏まえ、日米関係がよりトランザクショナルな形で変容しつつあり、従来から圧力が強かった防衛面の負担増に加えて、経済面でも「負担共有(burden sharing)」が求められる局面が強まっているとの問題意識を提示した。その上で主に以下の論点が議論された。

(1) 投資スキームが他国向け投資を代替する可能性
井形氏は、5,500億ドル規模の投資が進むことで、本来カナダやオーストラリア等に向かうはずだった投資が米国にシフトする可能性と、それに対する他国からの反応(「待ってくれ」という相談等)の有無を問うた。
中島氏は、企業投資は基本的に市場、コスト、収益性に基づくシビアな商業判断であり、当該スキームが投資判断のドミナント要因になるとは考えにくいと述べた。一方、追加的要因として投資検討を後押しする可能性はありうると整理した。また、報道で指摘される「米側が案件を一方的に選び日本が資金を付ける」との理解は必ずしも正確ではなく、日本側が協議委員会を通じてインプットする機会が設けられている点を補足した。加えて、日米双方の法令順守(国際協力銀行法を含む)に基づき、返済可能性等の審査を通過した案件にのみ資金が供与されるべきであると述べた。

(2) 企業の対中認識(安保要因か経済要因か)
井形氏は、アンケート上、中国の順位が上がりつつも得票率が低下している点に触れ、民間企業の対中認識について、安保要因と経済要因のどちらが強いかを問うた。

中島氏は、現場感覚としてはコスト要因(相対的コスト上昇、競争環境の変化)が投資先見通しを左右している面が大きいと述べた。ただし企業の層によって差があり、大企業では経済安全保障上の観点から対中投資回避が強まる可能性がある一方、二次・三次下請け等ではOEMや一次下請けの動きに依存し、安保要因のみで撤退判断を下すことが難しい構造があると指摘した。

(3) サステナビリティ、EV化の見通し
井形氏は、欧州での「グリーンリアリズム」的揺れ戻しが見られる可能性に言及しつつ、日本の製造業が示すサステナビリティ姿勢(変更なし、強化)が周回遅れなのか、あるいは中長期で維持すべき方向性なのかを問うた。

中島氏は、米国では表面的にESG等が後退して見えるが、実態としては看板の掛け替えで継続している例もあると述べた。EV化についても短期の延期はあるが、日本企業は中長期の視点で投資判断を行っており、政権の短期変動に過度に一喜一憂しない傾向があるとの見立てを示した。

【参加者とのQ&A】

Q&Aでは、投資スキームの構造、資金源、協議プロセスの実態、関税政策の法的根拠と見通し、企業行動の変化などについて、多面的な質問が寄せられた。以下に一部やりとりを抜粋する。

Q1. 投資スキームの構造(SPV配当、利益概念)
参加者からは、SPVからの配当比率が示される場合の「利益」概念(配当以外の利益、キャピタルゲインの可能性等)について質問があった。

中島氏は、現時点では覚書に詳細がなく未確定であり、個別案件の設計を通じて、ファイナンスとして成立し返済可能性を確保する形を議論していく必要があると述べ、具体の配当設計は今後協議事項であると整理した。

Q2. 資金源(米国債売却説への回答)
参加者から、日銀保有米国債の売却が資金源になるとの発言があったとの指摘を踏まえ、5,500億ドルの原資について確認がなされた。

中島氏は、資金の出し手はJBICとNEXI保険付きの民間銀行融資であり、JBIC資金は特別手当ではなく通常原資から対応する予定であると説明した。JBICのドル調達方法として、①外為特会(外準)からの借入、②政府保証付き外債の市場発行、③スワップによる円からドルへの調達、の三つを挙げ、これらが原資になると述べた。

Q3. 協議委員会と投資決定権限
参加者から、協議委員会での議論と最終決定権の所在について質問があった。

中島氏は、協議委員会は戦略的インプットと協議の場であり決定権限はないと述べた。投資決定は投資委員会が担い、米国側(ラトニック商務長官がトップ)で、日本側は入っていないため、最終決定は米国であるとの理解は正しいと説明した。その上で、投資委員会に上げる前段階の協議委員会で、日本側がいかに実効的にインプットし、納得できる形で案件形成を行うかが最大のポイントであると述べた。

Q4. 関税の法的根拠(IEEPA)と影響見通し
参加者から、IEEPAが違憲等とされた場合のプランBや、貿易影響・歳入影響の見通しについて質問があった。

中島氏は、IEEPAの帰趨も含め不確実性が高く、歳入への影響を前提に見通すことは難しいと述べた。現地金融機関等でも「見通しづらい」との認識が共有されていると説明した。

井形氏は補足として、仮に相互関税が違法判断となっても関税がゼロになるわけではなく、別法に基づくより限定的な関税措置(特定国・特定品目など)として残りうる点を指摘し、スピード・対象国数・対象品目数は絞られる可能性があるが、程度は今後次第であると整理した。

Q5. 5,500億ドルを「チャンス」として使う発想、出口戦略
参加者からは、米国の変容を千載一遇の機会として捉え、3年間で既成事実化する発想の有無、日本企業の相談状況、また米国投資の出口戦略や「スティッキネス」への懸念が提示された。

中島氏は、5,500億ドルをウィンウィンにするには、日本のためにどう使うかを日本側から提案すべきであり、内部でも議論していると述べた。具体名は避けつつも、相談や議論を進めている企業があるとした。出口戦略については、米国側がどこまで出口を想定しているか疑問もあるとし、製造業誘致と移民・ビザ政策の厳格化の間に整合性の欠如があり、雇用確保がネック、コスト増が問題だとの現場の声を紹介した。こうした点は米政府とも対話していきたいと述べた。

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