【イベント開催報告】揺れ動く国際情勢と学問の自由:大学の自律性はいかに守られるべきか(2025/12/16)

【イベント開催報告】揺れ動く国際情勢と学問の自由:大学の自律性はいかに守られるべきか(2025/12/16)

2025年12月16日、東京大学先端科学技術研究センター 経済安全保障インテリジェンス分野(ESIL)は、テンプル大学日本キャンパス現代アジア研究所(ICAS)と共催で、英国シェフィールド・ハラム大学教授兼ハーバード大学ケネディ・スクールCarr-Ryanフェローのローラ・マーフィー氏を招聘し、「揺れ動く国際情勢と学問の自由:大学の自律性はいかに守られるべきか」と題したウェビナーを開催した。

【井形特任講師のフレーミング】
本ウェビナーではまず、モデレーターの井形彬特任講師より、国際政治が不確実性を増す現在において、他国の政府によって自国の大学に対する介入が行われている事例が簡単に紹介された。表向きは文化交流や言語プログラムを装いながら、実際には影響力工作を行っていたとされる事例や、学生団体が現地大使館から金銭を受け取り、その国に対して批判的な立場をとる教員に圧力をかけるといった事例が挙げられた。さらに、授業中に他の学生から「監視」されており、教室内での発言が逐次大使館に報告されているのではないかとの懸念から、自由に議論に参加できないという海外学生の訴えを聞いた井形自身の経験についても紹介された。そうした中でも、他国政府の圧力を受け、自国の大学自身がそれに屈して所属教員に対して特定の研究活動を禁止した今回の事例は特に深刻であり、研究者として所属機関から圧力を受けてしまえば対処が極めて困難になる点について説明がなされた。

【マーフィー教授の講演】
次に、マーフィー教授より、中国政府からの圧力によって自身および所属機関が直面した一連の具体的事例について報告が行われた。教授はまず、2022年頃、中国当局によってシェフィールド・ハラム大学全体のウェブサイトが中国から完全に遮断されたほか、中国におけるシェフィールド・ハラム大学ドメイン名の電子メールの送受信も不可能となるなど、デジタル空間における直接的な妨害が行われたことを明らかにした。こうした状況にもかかわらず、この時点ではシェフィールド・ハラム大学は当該圧力を事実上無視する判断を下し、学問・研究の自由の原則に基づき、マーフィー教授が研究を継続することを支持してきたと述べた。

その後、マーフィー教授が米国政府においてウイグル強制労働防止法(UFLPA)の実施に関わる業務に従事するようになって以降、事態はさらに深刻化したという。教授は、特定企業から名誉毀損で提訴されたことに加え、継続的なサイバー攻撃を受けていたと説明した。例えば、数年前に付与されたTeamsアカウントが突如としてアクティブ化し、研究室内の活動について不審な監視が行われていたことが判明したという。また、メディア記事の削除要請など、複数の形態による圧力や攻撃が相次いで発生したことも紹介された。さらに、中国国内では、国家安全当局の関係者が、中国に所在するシェフィールド・ハラム大学の採用担当部局を繰り返し訪問し、教授本人や研究内容についての事情聴取を行うとともに、研究の中止を求める要求がなされたことも明らかにされた。

こうした圧力を受け、最終的に大学の管理部門は研究チームの活動を制限し、研究を事実上沈黙させる決定を下したという。その結果、数十万ポンド規模の研究助成金が返還され、研究成果に関する報告書は大学のウェブサイトから削除され、教授自身も中国に関する研究に携わることを禁じられるに至った。マーフィー教授は、北京に滞在し、中国当局から圧力を受けていた関係者の安全を強く懸念していた一方で、この判断に至るまでの大学側の議論は、主として財政的損失や香港における活動許可、中国人留学生市場への影響といった財政面の検討に集中していたと指摘した。

実際には、当該大学に在籍する中国人留学生は全学生数約3万2千人のうち73人に過ぎなかったにもかかわらず、大学は深刻な財政状況を背景に、潜在的なリスクを過大に評価した判断を行ったとされる。教授は、この一連の対応が法的にも問題を含む可能性があった点を強調した。
さらにマーフィー教授は、大学が内部調査や理事会レベルでの対応を進めたものの、その過程は極めて不透明であり、大学が中国当局側にどのような情報を伝えたのかについても、外部からは確認できない状況にあったと述べた。この問題は、警察当局による捜査や、国家安全保障関連法制に基づく政府レベルの調査にも発展しているという。

最後にマーフィー教授は、本事例を通じて、民主主義国の大学であっても、司法、保険、サイバー空間、評判リスクといった複数の制度や仕組みが同時に圧迫されることで、学問の自由が容易に侵害され得る現実を指摘した。その上で、人権侵害を告発する研究者をいかに制度的に支え、大学が外部からの圧力に直面した際に、どのようなガバナンスと透明性を確保すべきかについて、国際的な議論と連携の必要性を強く訴えた。

【パネルディスカッション】

パネルディスカッションでは、井形特任講師より、大学や研究者が直面する圧力が、明示的な介入ではなく、徐々に進行する自己検閲として内面化されていくことの危険性について問題提起がなされた。例えば、報告書の公表や公開イベントを実施する際に、無意識のうちに「特定の政府に批判的すぎない」表現へとタイトルや内容を調整してしまうこと、さらにその延長線上で、政府批判と受け取られかねない公開イベントの開催自体を控えるようになり、最終的には教室内で当該テーマを扱わなくなる、あるいは資金獲得を意識して政府を称賛する言説へと傾斜してしまう可能性が指摘された。このような自己検閲の常態化は、外国政府から圧力を受ける国や地域に対する批判的議論そのものを「タブー化」し、社会科学分野を中心とする研究活動に深刻な影響を与えるとともに、学問・研究の自由を根本から侵害しかねないのではないかとの懸念が示された。あわせて、このような圧力を受け、困難な状況に対応してきた立場から見て、どのような支援があれば望ましかったと考えるかについて質問がなされた。

これに対しマーフィー教授は、自己検閲はまさに現在進行形の深刻な問題であり、継続的な圧力にさらされること自体が研究者にとって極めて消耗的であると述べた。論争的と受け取られ得るテーマを扱うだけで常に強い緊張を伴い、巨大な政治的・経済的力に押し返され続ける感覚の中で研究を続けるには、所属機関が研究者を明確に支えているという確信が不可欠であると強調した。また、大学の総長であり、人権擁護者として中国から制裁を受けた経験を持つヘレナ・ケネディ氏の存在が、自身にとって重要な「最後の防波堤」となっていたと振り返った。

さらに教授は、圧力の目的は研究者を即座に黙らせることではなく、時間をかけて消耗させ、活動の勢いを削ぐことにあると指摘した。2022年7月以降、中国政府により、マーフィー教授の活動をテロリズムと結び付ける形で非難する8分間の動画が公開されるなど、極めて威圧的な攻撃が始まり、多くの人から「これ以上は控えた方がよいのではないか」と撤退を勧められたという。こうした攻撃は強い不安や恐怖を引き起こし、実際に精神的負担から研究を断念する人も少なくないと述べた。それでも教授自身は、恐怖に押し潰されそうになる日がありながらも、研究室内のメンバーと互いに支え合い、励まし合うことで研究を続けてきたと語った。

その上で教授は、「では、研究者にどのような支援が必要なのか」という問いに対し、個人の精神的強靱さに依存する現状の限界を指摘した。圧力を受け始めた当時、偶然にも米国でウイグル強制労働防止法(UFLPA)の実施に向けた業務に携わっていたことから、米国の教育省や研究助成機関、さらにはインテリジェンス機関を含む政府との連携を通じて一定の支援を得ることができたと述べた。一方で、こうしたネットワークにアクセスできる研究者は例外的であり、多くの研究者は同様の支援を期待できない現実があると指摘した。また、学会等で治安・サイバー分野の専門家と意見交換する機会はあるものの、大学の管理職の多くは諜報活動や外国政府による干渉への対応について専門的訓練を受けておらず、数学や獣医学など本来まったく異なる分野の研究者が、不十分な体制のまま外国情報機関と向き合わざるを得ない状況に置かれていると述べた。

そのため教授は、大学が圧力を受けた際に、その都度個別判断で対応するのではなく、外国政府からの干渉が確認された場合には必ず大学として記録し、政府に報告する明確な制度的義務を設けるべきだと主張した。これは任意の対応ではなく、政府が積極的に関与する仕組みとして整備される必要があるという。また、中国人留学生の獲得をめぐる大学間競争が、こうした問題について声を上げにくくしている現状を踏まえ、大学同士が分断されるのではなく、「屈しない」という立場を共有し、連帯して対応する統一戦線が不可欠であると訴えた。大学が過度に市場化された結果として生じているこの構造的問題そのものが、改めて問われるべきであるとの認識が示された。

【参加者とのQ&A】
学問の自由に対する介入事例について、関係者間で共有できるプラットフォームが存在するのかどうかという点について質問が寄せられた。これに対し、現時点ではそのようなプラットフォームは存在しないとの認識が示された。その上で、存在しないのであれば、こうした事例をとりまとめるレポジトリとしての役割を果たす「学問の自由を守るネットワーク(仮)」のような枠組みを構築してはどうかという井形特任講師からの提案がなされ、多くの参加者から賛同の声が上がった。

また、別の参加者からは自国で生じた似たような事例の紹介が行われた。例えば、トルコのボアジチ大学(Boğaziçi University)の事例が本件と一定の共通点を持つのではないかとの指摘があった。2020年1月以降、政府によって任命された学長に対し、同大学の教員が継続的に抗議を行ってきたが、これを支持する学生やメディア関係者が逮捕・有罪判決を受け、学生団体の活動停止命令や、外国人教員の解雇およびそれに伴う在留資格の喪失といった措置が取られてきたという。ボアジチ大学は公立大学であり、裁判所から是正を求める判断が繰り返し示されているにもかかわらず、学長は政治的に近い人物を教員として登用し続け、大学を国際的な学術ネットワークから孤立させているとされた。

参加者はさらに、公的資金または民間資金のいずれかに過度に依存する制度構造は、人権侵害や民主主義の後退を招きやすい脆弱性を生み出しかねないとの懸念を示した。この観点から、財政面を含む大学ガバナンスにおいて、持続可能な均衡をいかに確保するかが重要な課題として提示された。ただし、マーフィー教授の事例とは異なり、この例では外国政府ではなく、国内政府からの圧力が関与していた点が指摘された。

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