【イベント開催報告】サプライチェーン研究の新展開:産業連関表・企業データ・AI(2025/12/22)

【イベント開催報告】サプライチェーン研究の新展開:産業連関表・企業データ・AI(2025/12/22)


東京大学先端科学技術研究センター(RCAST)経済安全保障インテリジェンス分野(ESIL)井形研究室は、2025年12月22日に『サプライチェーン研究の新展開:産業連関表・企業データ・AI』と題するセミナーを、独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所と株式会社FRONTEOと共催した。当セミナーでは国際産業連関表に基づくマクロ分析と、企業間取引データを活用したミクロ分析、さらに大規模言語モデル(LLM)の応用可能性の横断的な議論が行われた。


【講演①「国際産業連関表を使ったサプライチェーンの脆弱性分析」】

猪俣哲史氏(ジェトロ アジア経済研究所開発研究センター上席主任調査研究員)による講演では、産業連関分析の基礎的枠組みを整理した上で、国際産業連関表を用いたサプライチェーン脆弱性について、地理的集中リスクを「量」と「頻度」の二軸で捉える分析アプローチが提示された。量ベースの指標としては付加価値貿易の概念を用い、最終製品に含まれる付加価値の源泉国シェアから依存度を測る枠組みが示された。頻度ベースの指標としては、サプライチェーン経路上に特定国の産業部門が登場する回数を加重平均したパススルーフリークエンシー(PTF)が導入され、取引額の大小にかかわらず「当該国を経由する回数」が実務上重要になり得る点が論じられた。、米中対立を念頭に、米国と中国が互いをハイリスクカントリーと仮定した場合の集中度を1995年と2018年でOECD作成の国際産業連関表データ(1995年から2020年、45部門、77カ国地域を対象とする高カバレッジの統計)を用いて比較した分析結果が紹介された。量ベースと頻度ベースは概ね正の相関を持つ一方、ICT関連機器などでは量だけではリスクを過小評価し得る点が示唆された。さらに、PTFがOECDの公式統計として採用され、データベースに組み込まれていることが紹介された。


【講演②「取引データに基づくサプライチェーン分析:産業連関表との融合、LLM応用の可能性」】

久光徹氏(株式会社FRONTEO 経済安全保障室 研究開発部長・東京大学先端科学技術研究センター 経済安全保障インテリジェンス分野 客員研究員)は、企業実務の観点から、個別企業の取引経路を特定し、例えば強制労働リスクを含む経路の有無を推定するなど、意思決定に結び付く「見える化」を行う必要性を出発点に、企業間取引ネットワーク分析の枠組みを提示した。公開取引データの欠損が大きい状況下で、ネットワーク構造のみから依存度を定義する方法として、起点企業から上流への初期流量を仮定し分岐点で均等配分する「構造依存モデル」を説明し、その計算容易性と限界を整理した。限界として、クラウド、物流、金融のように構造上中心性が高くなりやすい要素が、物の流れのチョークポイント把握においてノイズになり得る点が指摘された。

また久光氏は猪俣氏と行った共同研究に基づき、企業が持つ産業分類等の情報を活用するため、産業連関表の投入係数を経路の重みに反映させる「実効依存モデル」を提案した。代替可能性の近似として、同一産業から複数企業が存在する場合に重みを分割する考え方が示された。国際取引を扱う際には「事業×国」まで解像度を上げる必要があるとの整理のもと、投入係数は米国の産業連関表を標準として仮定し、国別の原産地比率はOECD国際産業連関表から輸入比率として導出する、といった実装上の前提も説明された。算出した依存度をリスクとして可視化する枠組みを、リスクエクスポージャーマッピング(REM)、依存度をリスクエクスポージャスコア、濃淡表示をリスクエクスポージャマップと呼ぶ整理が紹介された。REMは「企業×事業×国」等の粒度で依存を評価し、分野ごとに異なるチョークポイントを抽出できること、さらに事業部から企業全体へ合成する際に売上等の係数を用いるなどの拡張余地があることが述べられた。

最後にLLMの応用として、産業連関表が提供する量的依存関係だけでは捉えられない、具体的な経路に対するサプライチェーンとしての工程の妥当性の評価のみならず、サプライチェーン解析の前処理である、公開情報からのデータ収集・名寄せ・NAICSコード付与、後処理である、最終的に妥当と推定された経路群に対する推定理由の説明などへの活用可能性が示された。計算コストの観点からは、REMで候補を絞り込んだ上でLLMで深掘りする運用が現実的であるとされた。


【パネルディスカッション】

パネルディスカッションでは、データの可用性と制度設計を含む実務的課題が中心に議論された。モデレーターの井形特任講師からは、米国で検討されている税関データ開示に関する法案動向に触れつつ、強制労働製品の排除などを目的とした分析の高度化において、税関データのアクセスが重要となる点が問題提起された。これに対し久光氏は、精度の高いデータが得られればチョークポイントや脆弱性の把握が進む一方、税関データには目的外使用やプライバシー等の制約があることを踏まえ、閉じた仕組みで分析可能にするなど制度面の議論が必要である旨を述べた。猪俣氏からは、税関データの開示は従来から制約が大きく、限定的な条件下での利用にとどまっている現状が共有された。久光氏は、経済制裁等に資するサプライチェーン分析が「防衛」だけでなく、他国の脆弱性把握など「攻め」の用途に転用され得る点にも言及があり、「企業」×「業種」×「国」の粒度での分析が戦略的用途に接続し得る旨を述べた。あわせて、データ整備の国際競争、データ品質の問題、分析者側のセルフディシプリンの必要性なども論点として提示された


【参加者とのQ&A】
質疑応答では、産業連関表と企業間取引データの統合分析を現実の政策、企業実務、人権デューデリジェンスへ接続する際の限界と可能性が集中的に議論された。以下にQ&A中に挙げられた七つの点である。

①産業連関表の部門分類が粗いことによって重要なチョークポイントが見えにくくなるのではないかという懸念

半導体とPCが同一分類に含まれる点への驚きが示され、先端技術の進展に伴って分類の粗さが実務上のリスク把握を阻害し得るという問題意識が共有された(注釈: REMの計算においては、産業分類コードの粒度を米国の産業分類表に合わせており、その分類はNAICSコードと同等の粒度のため、半導体とPCは別カテゴリとなる)。また、企業間データを用いた分析においても、サンプル規模の違いにより半導体の順位が変動して見える点について、分類や係数設定の影響可能性が問われた。これに対し猪俣氏は、粒度問題は突き詰めるほど切りがなく、半導体も工程や先端、レガシーで意味が異なるため「どこまで細分化すれば十分か」に唯一の答えがないと述べた。その上で、産業連関分析は全体像を俯瞰して幹部を特定するための「入り口」として用い、その後に企業レベルデータで深掘りする段階的アプローチが現実的であると整理した。

②迂回取引の把握可能性

具体的には、企業が規制を回避するために取引の見せ方を変える例(セグメント情報の出し方の変更等)が挙げられ、この種の実務的挙動を統計・ネットワーク分析で補足できるのかという問題提起があった。猪俣氏は、産業連関表の枠組みだけでは迂回輸出の追跡は困難である一方、企業IDを含む企業間取引データであれば追跡可能性が高まると述べ、企業レベルデータの意義を強調した。

③データ整備を巡る国際競争について、制裁の精緻化が進むほど精度の高いデータを持つ側が有利になるのではないかという観点から、同様の作業を行う国・組織の存在や、日本の位置づけ

猪俣氏は、FRONTEOの枠組みがファクトセットのデータを基にしている点に触れつつ、他社データの提供形態の違い(データそのものを出すか, 結果提供にとどめるか)を紹介した。また、必ずしも「精度が高いデータが勝つ」とは限らず、カバレッジを優先して不確かな推計で国を埋めていく動きもあり得るため、悪貨が良貨を駆逐する「ボトムへの競争」を避けるセルフディシプリンが必要だと指摘した。久光氏は、日本のデータ確保の遅れそれ自体が「チョークポイント」になり得ると述べ、質が完全でなくともデータを集めて分析し, 外部の悪用に影響されにくい形でデータ自給率を高める重要性を訴えた。

④人権デューデリジェンスや制裁枠組み

第三国経由やラベル張り替えを含む迂回の可能性がある中で、確からしさや厳格性をどのように担保するのか, また日本も戦略的デューデリジェンスを行う局面に来ているのではないかという問題提起がなされた。猪俣氏は、付加価値貿易の枠組みは応用が効き、係数をCO2排出や児童労働などに置き換えることで人権課題にも接続できる点を紹介した。井形特任講師からは、欧米では税関執行の必要性を背景に民間データや人権侵害データの共有が進みつつあり、ある国で得られた情報が他国でも共有され得る「インテリジェンス・ネットワーク」が形成され始めているとの補足がなされた。

⑤政策手段としての輸出規制・制裁の文脈から、将来的に物質レベルまで粒度を上げて「ここを止めれば効く」という特定の可能性

久光氏は、まず素材に関わる企業群を特定する必要があり、その部分は枠組み外でドメインエキスパートの知見が不可欠であると述べ、当局が企業へのヒアリング等を通じて現場知を収集する必要性に言及した。

⑥頻度ベース指標と付加価値ベース指標は見ているリスクが異なるため、どのような脅威タイプを想定して使い分けるのか、また金額は小さいが不可欠な部品のようなケースを救い取れるのか

猪俣氏は、製品特性によって頻度と量の出方が変わることを説明し、例としてロシアの石油天然ガスは量ベースが大きくてもサプライチェーンが短く頻度は低くなりやすい一方、中国のICT機器は国境を何度も回るため頻度が高くなりやすいと述べた。また、産業連関表が金額ベースである以上限界はあるが、代替性が低い部品は価格が高くなるという前提を置けば、一定程度係数に反映され得る可能性には言及しつつも、断定は難しいという整理が示された。久光氏も同様に、狭く絞った対象をLLM等で徹底的に調べる段階的運用が現実的であるとの見解を示した。

⑦貿易書類の電子化や標準化が進めばデータ品質が向上するのではないか

久光氏は、デジタル化でデータが投入可能になれば分析は改善する一方、トレーサビリティが確立すれば取引経路を「推定する」分析の必要性が相対的に低下する可能性もあると述べ、データ整備が進む将来像が示唆された。

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