2025年12月3日、東京大学先端科学技術研究センター 経済安全保障インテリジェンス分野(井形研究室)は、「Japan and Italy, Neighbors in a Smaller World: It’s All About Connections, from the Indo-Pacific to the Indo-Mediterranean, via IMEC(日本とイタリア-IMECを通じたインド太平洋とインド地中海の連携-)」と題する公開セミナーを開催した。本セミナーでは、イタリア政府のインド・中東・欧州経済回廊(India–Middle East–Europe Economic Corridor, IMEC)特使であるフランチェスコ・マリア・タロー大使を招聘し、国際インフラ連結構想と経済安全保障をめぐる課題について議論を行った。

本セミナーは、インド太平洋と欧州・中東地域を結ぶ新たな地政学的連結の枠組みとして注目されるIMEC構想を軸に、国際インフラ連結性、経済安全保障、サプライチェーン強靱化といった複合的課題を、日本とイタリアという二つの中堅国(Middle Powers)の視点から検討することを目的として開催された。IMECは、単なる輸送インフラ計画にとどまらず、エネルギー転換、デジタル連結、地政学的リスク分散を包含する包括的な枠組みとして位置づけられている。本セミナーでは、同構想の現状と将来展望に加え、地域インフラ構想においてイタリアが果たし得る役割や、日本との協力の可能性について、政策実務と学術的分析の双方の視点から議論が行われた。

【オープニング:井形彬(東京大学先端科学技術研究センター特任講師)】
モデレーターを務めた井形彬特任講師は、冒頭において本セミナーの趣旨と問題意識を説明した。国際秩序の多極化と大国間競争が進展する中で、インフラ連結性が経済効率の問題にとどまらず、戦略的影響力や経済安全保障と密接に結びついている点を指摘した。その上で、日本とイタリアはいずれも、自国単独で秩序形成を主導する立場にはないものの、地域と地域を結ぶ「結節点」として重要な役割を果たし得る中堅国であると位置づけ、本セミナーが両国の視点を接続する意義を持つことを強調した。
【基調講演:Francesco Maria Talò氏(イタリア政府 IMEC 特使)】
Talò 特使の基調講演は、IMEC構想そのものの説明に先立ち、国際秩序の構造変化と安全保障環境の長期的転換を俯瞰する問題提起から始められた。講演冒頭では、冷戦期の二極構造、冷戦終結後の「歴史の終わり」とも称された一時期、そして9.11以降の不確実性の時代という流れが示され、現在の国際社会が単純な多極化ではなく、「不安定で非線形的な秩序」に移行しているとの認識が提示された。
続いて、Talò 氏は、安全保障の概念そのものが拡張してきた点に言及した。陸・海・空に加え、サイバー空間や宇宙が作戦領域として認識されるに至った経緯を示し、同時に、非国家主体、ハイブリッド脅威、偽情報、気候変動、人的・文化的資源の流動といった要因が、国家安全保障と経済活動を不可分のものにしていると指摘した。この文脈において、安全保障は軍事領域に限定されず、治安、物流、制度、経済構造を含む包括的課題として捉える必要があるとの問題意識が示された。
その上で講演は、海洋と物流の戦略的重要性へと焦点を移した。世界貿易の大部分が海上輸送に依存している現実、主要な海上チョークポイントの存在、航行の自由が損なわれた場合の経済的影響が示され、インド太平洋と中東、欧州が一体の戦略空間として結びついていることが強調された。また、北極海航路など新たなルートの可能性にも触れつつ、物流の効率性だけでなく、政治的安定性と信頼性が回廊構想の成否を左右するとの含意が示唆された。

こうした問題設定を踏まえ、Talò氏はIMEC構想を紹介した。IMECは、単一の輸送路やインフラ計画ではなく、港湾、鉄道、エネルギー、デジタル、物流を組み合わせた多層的ネットワークとして構想されており、地政学的リスクを低減しつつ連結性を高めることを目的としている。特に、地中海と欧州内陸部を結ぶゲートウェイとしてのイタリア港湾の役割、EUのTEN-Tネットワークとの接続可能性が示され、IMECが欧州側から実装されていく具体像が提示された。
IMECが経済安全保障上の課題に取り組む枠組みとして有効である点として、戦略物資や重要鉱物をめぐる依存構造が挙げられた。希土類資源の採掘・精製が特定国に集中している現状を示し、サプライチェーンの多様化と信頼できるパートナー間での協力が重要課題であることが示された。
また、Talò 氏は、日伊英による次世代戦闘機開発(GCAP)を例に、インド太平洋と欧州・大西洋を結ぶ戦略的連続性を具体的に示した。GCAPは防衛協力にとどまらず、制度設計、技術共有、産業協力のモデルとしても意義を持ち、同様の発想がインフラや経済分野にも応用可能であるとの含意が示された。
さらに、イタリア海軍のインド太平洋への継続的な展開が紹介され、欧州諸国が同地域をもはや遠隔の問題としてではなく、自国の安全保障と直結する空間として認識していることが示された。これは、日本との協力の現実的基盤が既に形成されつつあることを示唆するものであった。
最後に、Talò氏は、ウクライナ情勢をめぐる国連総会決議の投票結果を示し、国際社会における立場の分化と規範秩序の揺らぎに言及した。その上で、IMECのような構想は、特定国を排除するためのものではなく、ルール、透明性、協調に基づく連結性をいかに維持・強化するかという問いへの一つの答えであるとの認識を示し、講演を締めくくった。

